未来世紀ブラジル

見たので感想を書く。

あらすじ

世は管理社会。マシンの誤作動によって書類の「タトル」と「バトル」が打ち間違えられ、無実のバトル氏は連行されてしまう。それを目撃したのがトラック運転手のジル。

一方、主人公のサムは情報省記録局につとめる男。自分がイカロス風の羽をつけて空を飛びまわり、パツキンの美女を救い出す夢を夜な夜な見ている。

サムは名前打ち間違え事件を処理する中で、ジルが夢のパツキンの美女とそっくりであることを知る。サムは様々なコネを駆使してジルに迫るが…?

打ち間違いで助かったタトル氏は書類嫌いのフリーの空調修理屋で、サムの家にやってくる。カッコいい。ロバート・デ・ニーロ

 

 

 

感想

ここからネタバレあり。

 大きなくくりでいえば「ディストピアもの」ということになるこの作品だが、この管理社会はブラックユーモアたっぷりに描写されている。特殊部隊をさんざん突入させたあとで書類にサインを要求する官僚、役所間のたらい回し、たかが小切手一枚をめぐる官僚間の責任の押し付けあい、決済を仰ぐために上司を追いかけ回す大量の部下、etc…。

ディストピアとあんまり関係のない「モンティ・パイソン」的なネタも随所に登場している。

主人公の母とその友達が美容整形レースをしていて、ご友人はヤブ医者に顔を包帯だらけにされても「合併症らしいわ。先生が言うにはすぐ治るそうよ」と言いはる。主人公のアパートは朝起きると自動的にパンが焼けてコーヒーが淹れられて…と、なんともフューチャーな感じになっているのだがどれも誤作動する。

などなど、盛りだくさん。

このような描写を支えているのが映像作家としてのギリアムの手腕だ。ダクト、タイプライターとパソコンが合体したような端末、巨大なビル、スーパーカミオカンデみたいな尋問室、汚いババアの顔など、どれもケレン味たっぷりに描かれている。「リベリオン」のような管理社会の雰囲気を保ちつつ「スター・ウォーズ」「Fallout」「モンティ・パイソンの人生狂騒曲*1」を足した感じで、「Fallout」っぽいガジェットが好きな人はいくつか楽しめるシーンがあるのではないかと思う。

ギリアニメーションは冒頭のニュースのシーンにちょこっとだけ出てくる。

本題

 この映画の骨格を要約すると次のようになる。

「夢に出てきた理想の女性と現実で結ばれようとするが、それは失敗し、妄想の中だけで達成される」

正確にいうと主人公は「夢に出てきた理想の女性と顔が同じだけの現実の女性(ジル)」と結ばれようとしているだけなので、このような試みが失敗するのは客観的にはわかりきっている。現実の女性が、夢のなかの女性に対する愛を受け入れてくれるとは考えにくい。

だが彼の立場ではそう切って捨てることはできない。なぜか。

ジルの存在があまりにも「現実的」すぎるからではないかと思う。

理想の女性が目の前にあらわれることのどこが現実的なんだと言う人がいるかもしれないが、この「現実」とは「象徴化できないもの」を指している。

ジルは彼にとって「妄想の極限」である。妄想が実現してくれるのはいいことのように思われるかもしれないが、それは人間に狂気をもたらす。「精神病者」になってしまうということだ。

ラカンが述べたように、人間の「欲望の対象」というのはふつう隠蔽されている。糸井重里の名コピーに「ほしいものが、ほしいわ。」というのがあるが、これがよい説明になっていると思う。「なぜそれが欲しいのか」という理由を説明するのはとても難しいことで、「みんな持ってるから」とか「材質が気に入った」とか口でいってみても、欲しいものを目にしたときに自分の心のなかにわきあがってくるあの「欲望」を説明できていないことに気づくだろう。

それに対して、精神病者の「欲望の対象」は実体化している。幻聴・幻覚を想像すれば、妄想にすぎないことが実現してしまうことがいかに恐ろしいかわかるだろう。ジルはそのような意味で、主人公にとって恐ろしいものだ。だから彼は狂ったようにジルを追いかけてしまう。また、ジルは妄想と現実の交わる異常なポイントそのものだから、そのポイントに直接触れてしまうこと=終盤のセックスシーンは、彼に決定的な破滅をもたらす。あのシーンでジルが長髪のかつらをつけているのは不自然に思えるが、主人公が現実から妄想に足を踏み入れてしまったことを表していると考えると納得がいく。

その他
  • ジャック役のペイリンはいい演技をしている。笑顔で「僕たちは旧友だ。だからしばらく近寄らないでくれ」みたいなことをいうシーンはいかにも英国人。
  • ラストシーンは主人公が発狂したことがわかるオリジナル版と、ジルとトラックで逃げ出すところで終わるハッピーエンド版があるらしい。ひどい改変。
  • ヘルプマン氏のトイレを手伝うシーンや、棺桶から肉塊がくずれ落ちるように出てくるシーンなどの「汚さ」がいい味出してる。
  • いつのまにかジルが主人公を好きになっていることは唐突に感じた。
  • 主人公の夢のなかや拷問のシーンで出てくる赤ちゃんのような仮面、Green Dayの「Basket case」のPVにも似たようなやつが出てきたけど海外ではよくあるやつなんだろうか。シンプルながらに気持ち悪くてよかった。 


Green Day - Basket Case [Official Music Video]

 

 

*1:食事会場が「クレオソート氏」のスケッチとどことなく似ている 

http://www.nicovideo.jp/watch/sm280619