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完全な言語 - 記号と感覚の一致

1.はじめに

荒俣宏の「パラノイア創造史」という本を古本屋で見かけて買ってみたのだが、なかなか面白かった。「創造と狂気」をキーワードにしたエピソードを、アレクサンドリア図書館の炎上から岩倉具視全権大使による遣欧使節団の渡米にまでおよぶ雑学をまじえながら紹介しており、荒俣宏という人の博覧強記を思い知らされる気がした。

この本の「偉大なる記憶力の持ち主」というエピソードの中に「普遍言語」「完全言語」という興味深い概念が出てきたので少し紹介してみたいと思う。

2.共感覚

共感覚」というものをご存知だろうか。共感覚とは「文字に色が見える」「音に色が見える(色聴)」「数字に形を感じる」といったように、ある刺激に対してふつうの感覚とは異なるものを同時に感じることをいう。色聴ならば「ドは赤色、レは黄色、ミは緑色がかかった青色…」といったぐあいだ(色は一例)。とくに文字・音に色が見えるというのは言わば「ありふれた」共感覚で、さかんに研究されているようである。

これらの共感覚はかなりの一貫性をもっており、研究者が共感覚者に対して何度も実験を行っても間違えるようなことはないらしい。

さて、共感覚というのはここまで紹介したような単純な感覚の対応に限られているわけではない。C.B.シェレシェフスキーという「五感すべてにわたる」共感覚を持った男がその一例である。

3.「記憶の人」シェレシェフスキー、そして完全言語

シェレシェフスキー、通称「記憶術師シィー」は、すさまじい記憶力と共感覚で名を馳せたラトビア生まれのユダヤ人である。無意味かつ膨大な数列の暗記までをも可能とした記憶術の詳細は割愛させてもらうが、真に驚くべきはその共感覚である。彼は、音に対して「色、感触、におい、味、これらを総合したリアルな体験」を感じることができたらしい。

さらに、彼は言語にたいして独特な感覚をもっていた。

ここにという線がありますが、これは、何かЭ(エー)――Ы(ウイ)――Й(イ)の間の音です。――このような線、これは子音で"Р(エル)"という音に似ていますが、純粋な"Р"の音ではありません。

このような供述から導かれることがある。彼の感覚がただしいとするならば、「エル」という発音を表すには「」のようなかたちの文字が使われるべきであって、キリル文字において「エル」を「Р」というかたちの記号で表しているのはまったくの間違いということになる!

しかしこのことは新たな希望を示唆する。われわれの用いる言語は今のところ、文字の形と意味には特に関連性がなく、言ってみれば「暗号解読ゲーム」のような状態になっている。だが、もし発音と記号をうまく対応させることができれば、「記号のかたち」と「意味」が完全に合致した、「完全言語」「普遍言語」がつくれるということである。

4.おわりに

紹介はしなかったが、大正=昭和期でも随一の怪建築「二笑亭」に関するエピソードやドグラ・マグラの元ネタとなった(と荒俣宏が主張する)「桜姫全伝曙草紙」についての逸話など、とくに日本の精神病について秀逸な章が多いので興味のある方には一読をおすすめする。こういう話をする際には定番の感もあるフロイトについての章もある。

パラノイア創造史 (ちくま文庫)

パラノイア創造史 (ちくま文庫)